そのひぐらし

バンドそのひぐらしの音楽活動をお届けします

風の中のマリ、debut

そのひぐらしの前に一人の女が現われた。

女は言った。

「踊りたい・・・・・。」

一瞬目が点になったが、踊りたいのならば踊っていただこう。

原口が名付けた彼女は「風の中のマリ」。

10月21日、Drinkin’Beer! Hamにてそのひぐらしと風の中のマリはプラトニック&ストイックな初夜をむかえる。

そのひぐらしの旗揚げからちょうど10年、やっとこさステージに華が咲く。

そのひぐらしと風の中のマリ、是非とも会いに来てください。





【DEB DYLAN presents SATURDAY NIGHT LIVE】

10/21(土) 19時スタート

ミュージック・チャージ:1,500円(1ドリンク付き)

会場:Drinkin' Beer ! HAM
   〒424-0829
   静岡県静岡市清水区巴町10-26 佐野ビル 1F
   090-1090-9602
   (静鉄新清水駅から150m)

出演
19:00-19:25 もよぽん
19:35-20:15 そのひぐらし
20:25-21:05 Shangri-La
21:15-21:55 DIXIES


  1. 2017/10/16(月) 20:24:57|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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カブト虫

あなたの思う理想の男像とはどんなものか?

優しい? 面倒見がいい? 料理ができる? 

残念だが現代でチヤホヤされるようなそんなもんは男ではない。

嵐の日本海のように荒々しく猛るますらおこそがザ・男である。

あなたはカブト虫をご存知だろうか?

カブト虫のオスは闘争心が強く、食欲、性欲ともに旺盛の大飯喰らいの絶倫野郎なのだ。

しかも黒く、硬く、大きい方が良いとされる。

現代人の忘れてしまった男の生き様を貫く熱き昆虫なのだ。


この夏、我が家には3匹のカブト虫がいた。

2匹のオスと1匹のメス。

虫かごの中は縄張りとエサと女を奪い合う戦場であった。

片方のオスは体が大きく、赤みを帯びた黒色をしている。こちらを伝説の巨大熊から名前をいただき「赤カブト」としよう。

もう片方は少し体が小さく、幾度かの戦いを経て角の先っぽの二股に別れた角の片方が欠け、6本ある足の内の1本が抜けている。こちらは「隻腕」としよう。

メスは適当に「イザベラ」とする。

お察しの通り、勝負はいつも赤カブトの勝利である。

私としては隻腕を不憫に思い、昆虫ゼリーを二匹分置いといてやることぐらいしかできなかった。

もう1匹メスを捕まえてきて、隻腕にあてがってやれば4匹で仲良く乱交パーティーが始まるかとも思ったが、なかなかに億劫でメスを捕まえに出かけられずにいた。

そして夏の終わりが近いある夜、いつものようにギシギシ、キュイキュイと交尾の音が聞こえてきた。

なんとなく虫かごを覗いてみると、な、何と!

隻腕が赤カブトに犯されている!

力の差は歴然。

急いで2匹を引き離し、その間にイザベラを配置しても赤カブトは真っ直ぐ隻腕に向かっていく。

縄張り、エサ、女を奪われ更には貞操を奪われる隻腕。

あまりにも不憫だ。

イザベラはイザベラでプライドがズタズタであろう。

そして阿鼻叫喚の夜は毎夜続いた。

これがもしあなたならどうだ?

密室に閉じ込められ、美女を押しのけボブ・サップのような巨漢に毎夜犯される様を想像してもらいたい。

地獄である。

このままでは隻腕が犯され死んでしまう。

そんな死に方はあまりにあんまりだ。

その週末、私は近所の林に3匹を逃がすことにした。

さらば隻腕よ。 もう人にも赤カブトに捕まるなよ。

それにしても赤カブトよ、男まで喰らうとは見上げた男だぜ。


  1. 2017/10/02(月) 19:37:00|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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岡嵜少年記 1993夏編

1993年夏、私は中学1年生だった。

その頃の私は友人、T人、K下、F原と共に藤枝市に流れる一級河川、瀬戸川の川原で

カンシャク玉や爆竹などをドンパチやって喜んでいた。

中でもケムリ玉のケムリをビニール袋一杯に詰めるのは私の人生の楽しみの一つであった。

その日もいつものように、私達の花火会場から最寄のT人の家に皆で集まった。

T人の家には何かと難癖を付け、鈍器を振り回し襲ってくる獰猛かつ好戦的な妹がいることで有名だった。

T人の家に集まった私達は、花火を仕入れに近所の大型玩具店へと向かうべく、

チャリに跨りさあ出発という段になった時、T人の妹が庭の方から雄叫びと共に現われた。

両手で持ってジョキジョキ草木を刈る枝切りバサミを持っている。

やばい! 逃げろー!! と私達はチャリで走り出したが、K下が一人チャリに乗り遅れ走って逃げてきている。

チャリでなければ玩具店に行くのが大変だ。

なんとかK下のチャリを取り戻さねばならないが、

K下のチャリの所にはT人の妹が陣取り、まるでチャリが人質の様になっている。

おい妹!やめろ!と兄が怒るが妹は聞かず、3段変速ギアを勝手に変えたりなどチャリにちょっかいを出し始めた。

ジリジリと距離を詰める私達だったが、突然K下がツカツカと真っ直ぐに妹の方に歩き始めた。

妹はK下の発する怒気と意外な行動に戸惑っているようだ。

「いい加減にしろよ」

K下は低く言うと同時に垂直に飛び上がり、上段回し蹴りを放った。

妹はウッと身構えたが、K下の足は妹の頭上の空を切った。

テレビと漫画で身につけたフェミニズムを持つK下は元から妹の顔面など狙っておらず、威嚇のための回し蹴りだったのだ。

おおッかっこいい! と思ったが、「あっ」とK下は着地に失敗し、どてっと尻餅をついた。最高にかっこ悪い。

次の瞬間、妹の持つ枝切りバサミは凶悪に刃を広げ、スチャッとK下の首を挟むように構えられた。

形勢は一気に逆転。 K下の命はもはや妹の手の中だ。

確かT人んちは東京から引っ越してきた家族! 家も庭もお母さんも都会的な洗練された雰囲気を醸し出している!

「ぼくんちお父さん、パイロットなんだ」と実際それは知らんが、そんな感じの家である!

枝切りバサミも私の家の納屋にひっぽ投げてあるような木の柄の錆びたようなヤツではない!

柄がオシャレなアルミ製の新品だ! よく切れそうだ!

話しを戻そう。 T人は「やめるんだ妹ー!」と叫ぶが、やはり妹は動かない。

K下もまた動かず両者の睨み合いが続く。

息が詰まりそうな沈黙の後、K下が口を開いた。

「・・・・やれよ。」

この局面でやれよって何だよ!? と私は声を上げゲラゲラと笑ってしまった。

貴様は自分で格好つけて自分でスッ転んで首をはねてくれと言っているのか?

T人、F原に白い目で見られようとも、あまりの滑稽さに笑いが収まらなかった。

残念ながらこの日の記憶はここまでしかないが、K下は無事に中学を卒業し、妹も今頃はどこぞで立派な奥さんになっているだろう。

死人は出なかった模様だ。

1993年、夏の出来事だった。


Fin














  1. 2017/09/19(火) 20:53:46|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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Takiguchi



9月16日現在、ベイドリーム清水のタリーズカフェに、我々そのひぐらしのアルバムのジャケットの絵を描いてくれた瀧口氏の絵が数点飾られています。

ケースに入った絵は反射が気になりますが、画面上では伝わらない原画の迫力を皆様にも見てもらいたいです。

お近くの方は是非どうぞ。
  1. 2017/09/17(日) 02:58:48|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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原口正樹、その愛

ここんとこすこぶる体調が悪い。

悪い中でも特に悪い時は、原口の言うように廃人のようだ。

まるでアフリカか南米の呪術師に呪いをかけられているかのように体は重く、

頭は脳が空洞化しているかのようで新曲の構成が覚えられん。

ひたすら寝ていたいが日常がそれを許してくれない。

ここまで不調が続くのは生涯初ではないだろうか。

思えば新茶から復帰の時からずっと調子が悪い気がする。

復帰一発目のライブ、浜松キルヒヘアへ向かう時にも調子が悪かった。

浜松に向かい高速道路に乗る際、ふとガソリンは大丈夫か気になったが口を開くのが億劫で黙っていると、

高速道路ガス欠事件を引き起こしてしまった。

東京は新宿JAMへ向かう際、私は寝る気満々でバンドワゴンに乗り込んだ。

私が座るであろう助手席に枕が置いてあったのは原口の優しさだろうか。

その枕を首にあてがい少し眠ると海老名のサービスエリアの手前で目が覚めた。

昼飯を食おうという段取りになり、さっきまでなかった食欲が沸いてきたのでカツカレーを食うことにした。

私がカツカレーを食っていると、「死に行く人間はカツカレーなんか食わない」と原口は嬉しそうだ。

さて、腹も満ちたところでもう一眠り、と思っていたら首都高に入ったらナビを頼むと大役を任せられ、若干げんなりした。

不思議と本番前には調子を取り戻し、運転手の熊井もまた調子に乗り酒を飲むもんだから帰りの運転は私になる。

バンドワゴンが首都高から東名に入ると安心からか眠気が襲ってくるが、運転を変われる人間はいない。

わけあって同乗しているクロキユウタは眠りっぱなしでクソの役にも立たん。

自らの額や頬に平手打ちを喰らわせ眠気を払う地獄のドライブだった。


思い返せば大変な日々であったが、いろいろサボって休んでるおかげで少しずつ調子を取り戻してきている感覚がある。

体が資本ってのはうまいことを言ったもんである。

次回、8月11日はブルース和也の根城、「やまぼうし」ではビンビンで逢いましょう。








  1. 2017/08/02(水) 19:36:41|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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