そのひぐらし

バンドそのひぐらしの音楽活動をお届けします

京都バーガー、2018夏の陣

我々、そのひぐらしは静岡の田舎侍である。

日々かりめろ、いや、日々武功をあげるべく奮闘している。

この夏、先日の合戦場(ライブハウス)で出会った大大名、井上ヤスオバーガー公の誘いを受け、

バーガー公の主催する京都でのライブイベント、SongCamp2018に客将として参戦する次第となりました。

我らが総大将、熊井は合戦時も前半は威勢よく蛮勇を振るい、後半は喉を枯らし無残に討ち死にをするという猛将である。

もうすでに「京攻めじゃ、京攻めじゃあッ!」と鼻息荒く、海綿体を隆起させている。

開戦は8月16日だが15日から京入りをすると言い出し、天下無双の奇人は困惑し、

家老原口は私に「最高のカプセルホテルを取っておいてくれ」と言った。

いつぞやの埼玉遠征時に泊まったカプセルホテルが余程気に入ったのだろう。

その時は私がホテルを予約したので今回も私に言ったのだろうが、面倒な役割を押し付けられちまったもんだ。

京都の宿事情などさっぱり分らず、藤枝は高洲一の知将と謳われた私の知略は屁の役にも立たん。

だがインターネットで検索すると魅力的なホテルが見つかった。

確かめたい事項があり直接電話をすると外国人スタッフが丁寧に英語で対応してくれた。

日本語はほぼ喋れない。好印象である。

私の錆び付いた英語では彼女が何を言っているのかよく分らんので、自分の聞きたいことだけを一方通行に聞いた。

こりゃあ世界は一つになれんわなと改めて感じた次第である。

とはいえ予約はしていないが、本当に前日から乗り込むのであればこの宿を押さえるだろう。

そのひぐらし初の関西出兵、私も密かに楽しみにしております。

井上ヤスオバーガーさん、このような機会をいただきありがとうございます。

精一杯の演奏をするべく精進していきたいと思います。


http://voxhall.net/songcamp2018/






  1. 2018/06/21(木) 18:32:18|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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懐かしきイングリッシュ・ガーデン

皆様、ご無沙汰しております。

悪いことは何もしておりませんが謹慎中の岡嵜です。

三人ぐらしが奮闘していることは風の噂に聞いていましたが、

新緑の季節にはお茶屋に勤める私はバンドを断腸の思いで離れているのです。

そして激務を終えた私は故郷であるイギリスへと帰省しております。

懐かしき庭で午後の紅茶をすすりながら眺める田園風景は時が止まっているかのように当時のままですが、

幼き日にドラゴン退治に出かけた裏の森は幾分小さく感じられました。

ケイト・ラスビーを聴いているとそんな気分になり、彼女の音楽は疲れた私の心身を癒してくれるかのようです。

詳細はまた後日お伝えしますが、6月9日には清水のHAMにて凄腕たちに混じって復帰ライブの予定が入っています。

皆様に元気な姿を見せれるよう(私は「ら入れ言葉」に屈しない)、調子を整えていきたいと思います。



  1. 2018/06/01(金) 19:25:44|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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ボーカリストは喉を温めろ

昨晩は浜松のキルヒヘアにてライブでした。

皆様、ありがとうございました。おつかれさまでした。


ここのところ何やらライブが続いておりコンディションの悪い中、ウチの熊井ときたら風邪をひきやがるもんだからもう大変でした。

前髪をサッと手でかき上げ、額を突き出し「熱があるか見てくれ」なんて言い出すお前は俺の彼女でもなんでもない。

気持ち悪いからもうこんなことはしないでくれ。

浜松から清水の練習場に引き上げ解散となった時の君はボロ雑巾のようだった。

一日よくがんばったな。 

酷なことを言うが今週は金曜にもう1本ライブがあることを念頭に調子を整えてくれたまえ。

昨日のライブのMCで知ったのだが、今日、工場長たる君は新入社員たちに向かってスピーチをするんだったな。

DJプジャリも心配していたぞ。

今日の体調はどうだろうか? いきなりは良くならんだろうなあ。

しんどい時こそ妻に、子供に優しくしてやってくれ。

がんばって一発妻を抱いたら速やかに寝るように。

以上、業務連絡でした。






  1. 2018/04/02(月) 21:33:13|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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穴を掘って叫べ

例えば浮気を含めた下半身の乱心、それがバレてしまったら、

パートナーに怒られたり軽蔑されたり、最悪の場合は別れを迎えるだろう。

しかし回りの奴らは「しょ~がねえなあ~おめえはよお~」ってなもんだろう。

男性だったらそんな程度で済むだろうが、女性だったらどうだろう?

「うわっ、まじかこいつ・・・」、と結構引かれるのではなかろうか?

同じ事をしても男性よりも女性の方が貼られるレッテルがでかい。

何故か?

おおまかに男はエロくて当然という流れが世に出来上がっているのだが、女はそうではない。

女はエロさを隠して生きていかねばならない定めなのだ。かわいそうに。

私がそう言っているのではなく、世間がそう言っているのだ。

男児がチンコだウンコだと言って喜んでいるのは可だが、

女児が同じことを言えば、「こらっ、女の子がそんなことを言うもんじゃない!」と怒られてしまう。

そうした欲求を隠して成長すればドエロい淑女に育つだろう。

エロ淑女、私個人としては最高に魅力を感じるが本人達は生き苦しさを感じていないか心配である。

淑女達が集まった時の下ネタはえぐいと噂に聞くが、普段押さえ込んでいるものが同じ境遇の輪の中で爆発するのではなかろうか。

つまり私が何を言いたいかと申しますと、

世の皆様! もうちょっと女性のエロスに寛容でもいいんじゃないでしょうか!?

男達よ!女がエロいと嬉しいだろ?

女達よ!あんたらも好きなんだろ?

淑女達よ、無理しなくていいんだよ。

人間だもの。

さあ、今夜は胸を張ってパートナーに跨ろうぜ。

もはやパートナーじゃなくてもええわ。






  1. 2018/03/12(月) 20:09:47|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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そのひぐらし 原口正樹




男の名は原口正樹。

言わずと知れたそのひぐらしのベーシストである。

彼はそのひぐらし以前、ソロで「禅ヒッピー」というアルバムを完成させている。

もしもそのひぐらしでなかった人生を生きていたとしたら「禅ヤッピー」、「禅ホッピー」とセカンド、サードアルバムを製作し、
職場の上司であり共に山に登る仲間、盟友タケフジさんに先立たれ(結婚され)一人残された原口は誰も知らない鬼峰に挑み、下山途中に滑落し死亡しているだろう。

原口のソノヒグラシカルストーリーを語るには人類の誕生にまで遡らなければならないが、ここでは割愛させていただき原口正樹の誕生からとする。




正樹は静岡県御前崎市、原口家の長男として生まれた。

少年時代はファミコンよりも地図を開いて地図上の河川に思いを馳せては悦に入り、ウシガエルを捕まえようと策を練っていたというのは当ブログ原口の日記からだが、いわゆる普通の少年ではなかった。

中学に入ると柔道部に所属し得意技は大外刈りであった。

柔道着を滅多に洗わないで有名であり、部の友人達には嫌がられていたが当人はその汚れを誇りに思っていた。

高等学校はかの有名な「イケ高」に進学する。

可もなく不可もない成績で進級していき法律家を志し、山梨の大学へ法律を学ぶため父と母、姉そして御前崎の潮騒に別れを告げ一人山梨へと旅立って行った。

原口が大学の軽音楽部に所属していると熊井という名の後輩が軽音楽部に入部してきた。

後のそのひぐらしのリーダー、熊井丈の兄である。

原口は熊井兄をたいそう可愛がり、また熊井兄も原口を慕っていた。

夏休みなどの長期休暇中、熊井弟は熊井兄の所へ遊びに行き、そこで原口と熊井弟は出会ったのだ。

当時の名残りか原口は熊井弟を「タケル」と呼ぶことがたまにある。

大学を卒業しジョイプラザに就職。

富士店に配属されメキメキと頭角をあらわし、ジョイプラザ創業以来の最年少店長に就任。

上司でもある盟友タケフジさんと出会い義兄弟の杯を交わし、共に登山を始め数々の山々を二人で踏破する。

その傍らでジョイプラザ特有の高難度ミッションをこなしながら「禅ヒッピー」を完成させる。

名曲「決別トレイル」や32歳にしてうんこを漏らした歌などを含む全15曲ぐらい入ったCDはジョイプラザ各店で販売された。

そうした日々を過ごしていると、運命を知らせる熊井弟からの電話が鳴った。

何事かと仕事を終わらせ指定された場所へと向かう。

そこは天命の地、現そのひぐらし練習場であった。

半分崩れたボロ小屋に入ると熊井弟と以前、熊井兄の手引きにより顔を合わせたことのあるギター弾きの男と詩人だと紹介された見知らぬ男が一人いた。

熊井弟は言った。

長いことにいさん(ギター杉山)と二人で音楽をやってきたが、どうにも曲に歌詞がつけれなかった。
だけどこの岡っちが曲に詩をつけてくれた。
詩がついたからこれからそのひぐらしとしてバンドをやっていきたいけどベースがいないからぐっさんにベースをやってほしい。

と熊井は慎重に言った。

そして「街がまた暮れていく」、「旅立つ若者へ」、「ウィスキーは知っている」を原口に聴かせた。

原口はまず熊井に、杉山に、そして詩人と一人ずつに丁寧に拍手をしていった。

熊井はさっきと全く同じ話しをし、原口は「是非一緒にやりたい」とそう言った。

熊井は安堵したようでさっきと同じ話しをもう一度した。

原口は「いや、だから是非一緒にやりたい」とそう言った。


こうして原口はそのひぐらしになったのでした。




続く






  1. 2018/03/09(金) 21:15:50|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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