そのひぐらし

バンドそのひぐらしの音楽活動をお届けします

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年の瀬が押し迫って参りました。

私は本日仕事を納めました。

本来であれば面倒な職場の大掃除をしてきたわけですが、非常に良い気分で掃除ができました。

昨晩、何年ぶりかの懐かしい再会があり(こちらから押しかけていったのですが)、温かく迎えてくださり優しい気持ちになりました。

そんなつもりで行ったのではないのですが、「応援したい」と一度も聞いたこともないのにCDも買っていただき嬉しかったです。

そしてその後は清水HAMへDEB・DYLAN企画のライブの観賞に行き40代、50代のおっさん達のほとばしりを体験してきました。

昨夜の再会と素晴らしいライブの余韻で気持ちよく仕事ができたという次第であります。


今日は主に職場の倉庫の床のモップがけをしたのですが、思いっきり水を吸わせたモップで床を磨くと、

グッチョグッチョと快音が響き、どんだけ濡らしとんじゃあおらあ、とまた気分が良いというワケであります。

そして倉庫の片隅に設置してあるゴキブリホイホイ、こいつを開くのが密かな楽しみなのであります。

あなたにも経験があるでしょう?

一日働いた後の靴下やらパンツやらの匂いを確かめるという背徳の愉しみ。

去年は大漁でしたが今年はまあまあといった感じです。

皆様にも見ていただきたく、写真に収めましたので下部にのせておきます。

苦手な方はこのまま「戻る」ボタンをクリックすることをおすすめします。

勇気あるものは迷わず下へ進んでください。




















































良いお年を・・・
  1. 2017/12/30(土) 17:40:16|
  2. 岡嵜豊の日記 「豊饒のマントラ」
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埼玉遠征 番外編~語られぬもう一つの戦い~

せんだっての埼玉遠征の総括はリーダー熊井から近々報告があるでしょうから、

私からはその他の報告をしようと思います。


土曜の朝7時15分に練習場に集合し、原口の自慢の新車で埼玉へ向け出発。

受付は12時だったが熊井は1時間前の11時に到着したがった。

奴の心配性のおかげで集合時間が早くなり、現地では手持ち無沙汰な時間が増えたわけだが、

どうやら熊井はギターの弦を張り替える時間を考慮し出発時間を決めたようだ。

まったくいい迷惑だが、金曜の夜に諸事情があり熊井家に泊めてもらっていたので何も言えずに唇を噛む。






会場の駐車場で後部座席に寝転んだ時に見えた景色。



新車のはずなのに蜘蛛がいる。
流石の原口だ。




受付、リハーサルを終えたそのひぐらしは大宮の街に放り出され、

今夜の宿へのチェックインの時間まで長めの昼飯を食い時間を潰した。

ちなみにホテルに泊まるのは熊井を除く3人。熊井は埼玉在住の熊井(兄)の家に泊めてもらう手筈になっていた。

ホテルを目指し歩いていくと大宮の暗部、いかがわしい地区の一角にそのホテルはあった。

ラブホテルを改装しました、といった風情のカプセルホテルである。

当初、カプセルホテルということでテンションを下げていた原口は立地、佇まいに興奮し顔を赤くして笑っている。

喜んでもらえて良かった。

私としても初めてのカプセルホテルであり、そのSF感に酔いしれていた。




ホテルに荷物を下ろし、大宮から電車で一駅という熊井(兄)宅へ行く。

駅から徒歩30秒の立派なマンションであった。

熊井(弟)は昼寝をし、私と奇人杉山はアートの本を見せてもらい、

原口が熊井(兄)の子「カンジ」との将棋の真剣勝負に負けがほぼ確定し勝負を投げ出した頃、日は落ち晩飯を食いに出かけた。

晩飯は平日はサラリーメンでごった返すという人気上海料理屋だ。

確かに美味だが、私には少し上品過ぎた。

だがそんな私にも上海風焼きそばは絶品であり、

奇人杉山もこの旅で一番うまかったものにこの上海風焼きそばを挙げている。

下の写真は原口の鞄。

本人曰く、優柔不断だという原口が悩み抜いた末に鼻息荒く買った鞄だ。

最初はツルッとした印象というか、抱かれる予定のない処女のような色気のない鞄であったが、

原口のしごきにより適度にくたびれ、よく原口に馴染んできている。

良い買い物をしたな、ぐっさん。




その後熊井(弟)と別れホテルに向かうが時間はまだ8時前と寝るには早く、一杯やりますか、という段になった。

「たまにはおかっちと飲みたい」と言うが、一緒に飲みたいという気持ちがよく分らん。

この二人は女体に関心がないのだろうか?

仙人を通り越してぼんくらのような二人とおっぱい、ビキニパブを尻目に立ち飲み屋に入る。

狂気の奇人杉山にすすめられ、自分の定量を超えた酒を飲み店を出る。

全身を赤くした私は横になりたかったが、原口がラーメンを食いに行こうと言い出した。

原口の言うラーメンとは有名店「天下一品」であった。

私は静岡にはなく、噂に聞く「天下一品」に強い憧れを抱いていた。

そして注文した「天下一品」の「こってり」ラーメンを目の前に、風邪を召し飲酒をし体調のすこぶる悪い私の胃は波打つどころか痙攣していた。

だがラーメンに向き合う時、私はいつだって真剣である。

まずはスープをいただく。

まさに「こってり」。 滑らかななヘドロのようだ。こんなもんは人間の食い物じゃねえ。

そう思いながら麺を食らうと何故だ? 最高に美味い。

私の胃はいつ逆流してもおかしくないのだが箸が止まらない。

水を飲んだり間を空けながら食い進んで行く途中、麺とチャーシュー同時食いをした瞬間、本能的にやばいと感じた。

これ以上は無理だ。食いたいが食えない、この無念が分りますか? 憧れのラーメンですよ?

断腸の思いでこの前まで脱腸していた奇人杉山に残りの「こってり」を託した。

対ラーメン、初めての完敗であった。

その後、泣く泣くホテルに引き上げ、ちょっとした広間で原口と奇人杉山はコンビニで買った酒類を飲み始めた。

付き合いきれない私は大浴場にて入浴しいくらかさっぱりして広間に戻ると、サイフとケイタイをテーブルに置きっぱなしだったぞと奇人杉山に頭を叩かれた。

奇人杉山による私への暴力はこの10年でおそらく始めてだ。

しばらくすると原口は有無を言わさぬ勢いで自分の穴ぐらに潜り込み、寝た。

狂気の奇人と二人残された私は「にいさん、もう寝ましょうや」と言っても奇人は聞かず、

原口が恋しいらしくしきりに「ぐっさんのところに行こう」と言ってみたり、

実際に行っては寝ている原口の靴下を脱がせ、「靴下をはいたまま寝るな」と怒っていた。

「回りの皆さんも寝てますので・・・」と奇人をカプセル内に押し込み、私も自分の巣に入った。

このホテルの売りの一つである「AV無料」のAVをつけてみるとロシア人がフェラチオをしていた。

熊井なら喜んでいただろうか?

無料AVを消し、就寝。



明けて翌日、3人ぐらしは氷川神社?の参道沿いにある熊井(兄)のオススメの熊谷珈琲を飲んでいた。

原口、杉山はうまいだの香りが良いだの言いながら飲んでいたが、私にはよく分らなかった。

この時杉山がコーヒーと一緒に頼んだフィナンシェが原口はお気に入りだ。

コーヒーを飲み終える頃、熊井がこちらに合流し、昼飯にマクドナルドを食いライブ会場へ向かう。

下の写真の杉山の顔色が悪いのは酒が残っているからだろう。




そして夕方、私達の出番。曲は「人生の途中」一曲のみ。

応援に来てくれたカワダさん、ありがとうございました。非常に心強かったです。

出来は悪くなかったが落選。グランプリの一握の砂、おめでとう。

そして高速を時速120Kmで帰途へ着く。

長くなりましたが以上が11月11日、12日のほぼ全てです。

気持ちはすでに今週末、19日のストフェスに向いております。

では皆様、ストリートフェスティバル イン シズオカ、ライブハウスステージUHUで会いましょう。
























  1. 2017/11/15(水) 22:17:23|
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風の中のマリ、debut

そのひぐらしの前に一人の女が現われた。

女は言った。

「踊りたい・・・・・。」

一瞬目が点になったが、踊りたいのならば踊っていただこう。

原口が名付けた彼女は「風の中のマリ」。

10月21日、Drinkin’Beer! Hamにてそのひぐらしと風の中のマリはプラトニック&ストイックな初夜をむかえる。

そのひぐらしの旗揚げからちょうど10年、やっとこさステージに華が咲く。

そのひぐらしと風の中のマリ、是非とも会いに来てください。





【DEB DYLAN presents SATURDAY NIGHT LIVE】

10/21(土) 19時スタート

ミュージック・チャージ:1,500円(1ドリンク付き)

会場:Drinkin' Beer ! HAM
   〒424-0829
   静岡県静岡市清水区巴町10-26 佐野ビル 1F
   090-1090-9602
   (静鉄新清水駅から150m)

出演
19:00-19:25 もよぽん
19:35-20:15 そのひぐらし
20:25-21:05 Shangri-La
21:15-21:55 DIXIES


  1. 2017/10/16(月) 20:24:57|
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カブト虫

あなたの思う理想の男像とはどんなものか?

優しい? 面倒見がいい? 料理ができる? 

残念だが現代でチヤホヤされるようなそんなもんは男ではない。

嵐の日本海のように荒々しく猛るますらおこそがザ・男である。

あなたはカブト虫をご存知だろうか?

カブト虫のオスは闘争心が強く、食欲、性欲ともに旺盛の大飯喰らいの絶倫野郎なのだ。

しかも黒く、硬く、大きい方が良いとされる。

現代人の忘れてしまった男の生き様を貫く熱き昆虫なのだ。


この夏、我が家には3匹のカブト虫がいた。

2匹のオスと1匹のメス。

虫かごの中は縄張りとエサと女を奪い合う戦場であった。

片方のオスは体が大きく、赤みを帯びた黒色をしている。こちらを伝説の巨大熊から名前をいただき「赤カブト」としよう。

もう片方は少し体が小さく、幾度かの戦いを経て角の先っぽの二股に別れた角の片方が欠け、6本ある足の内の1本が抜けている。こちらは「隻腕」としよう。

メスは適当に「イザベラ」とする。

お察しの通り、勝負はいつも赤カブトの勝利である。

私としては隻腕を不憫に思い、昆虫ゼリーを二匹分置いといてやることぐらいしかできなかった。

もう1匹メスを捕まえてきて、隻腕にあてがってやれば4匹で仲良く乱交パーティーが始まるかとも思ったが、なかなかに億劫でメスを捕まえに出かけられずにいた。

そして夏の終わりが近いある夜、いつものようにギシギシ、キュイキュイと交尾の音が聞こえてきた。

なんとなく虫かごを覗いてみると、な、何と!

隻腕が赤カブトに犯されている!

力の差は歴然。

急いで2匹を引き離し、その間にイザベラを配置しても赤カブトは真っ直ぐ隻腕に向かっていく。

縄張り、エサ、女を奪われ更には貞操を奪われる隻腕。

あまりにも不憫だ。

イザベラはイザベラでプライドがズタズタであろう。

そして阿鼻叫喚の夜は毎夜続いた。

これがもしあなたならどうだ?

密室に閉じ込められ、美女を押しのけボブ・サップのような巨漢に毎夜犯される様を想像してもらいたい。

地獄である。

このままでは隻腕が犯され死んでしまう。

そんな死に方はあまりにあんまりだ。

その週末、私は近所の林に3匹を逃がすことにした。

さらば隻腕よ。 もう人にも赤カブトに捕まるなよ。

それにしても赤カブトよ、男まで喰らうとは見上げた男だぜ。


  1. 2017/10/02(月) 19:37:00|
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岡嵜少年記 1993夏編

1993年夏、私は中学1年生だった。

その頃の私は友人、T人、K下、F原と共に藤枝市に流れる一級河川、瀬戸川の川原で

カンシャク玉や爆竹などをドンパチやって喜んでいた。

中でもケムリ玉のケムリをビニール袋一杯に詰めるのは私の人生の楽しみの一つであった。

その日もいつものように、私達の花火会場から最寄のT人の家に皆で集まった。

T人の家には何かと難癖を付け、鈍器を振り回し襲ってくる獰猛かつ好戦的な妹がいることで有名だった。

T人の家に集まった私達は、花火を仕入れに近所の大型玩具店へと向かうべく、

チャリに跨りさあ出発という段になった時、T人の妹が庭の方から雄叫びと共に現われた。

両手で持ってジョキジョキ草木を刈る枝切りバサミを持っている。

やばい! 逃げろー!! と私達はチャリで走り出したが、K下が一人チャリに乗り遅れ走って逃げてきている。

チャリでなければ玩具店に行くのが大変だ。

なんとかK下のチャリを取り戻さねばならないが、

K下のチャリの所にはT人の妹が陣取り、まるでチャリが人質の様になっている。

おい妹!やめろ!と兄が怒るが妹は聞かず、3段変速ギアを勝手に変えたりなどチャリにちょっかいを出し始めた。

ジリジリと距離を詰める私達だったが、突然K下がツカツカと真っ直ぐに妹の方に歩き始めた。

妹はK下の発する怒気と意外な行動に戸惑っているようだ。

「いい加減にしろよ」

K下は低く言うと同時に垂直に飛び上がり、上段回し蹴りを放った。

妹はウッと身構えたが、K下の足は妹の頭上の空を切った。

テレビと漫画で身につけたフェミニズムを持つK下は元から妹の顔面など狙っておらず、威嚇のための回し蹴りだったのだ。

おおッかっこいい! と思ったが、「あっ」とK下は着地に失敗し、どてっと尻餅をついた。最高にかっこ悪い。

次の瞬間、妹の持つ枝切りバサミは凶悪に刃を広げ、スチャッとK下の首を挟むように構えられた。

形勢は一気に逆転。 K下の命はもはや妹の手の中だ。

確かT人んちは東京から引っ越してきた家族! 家も庭もお母さんも都会的な洗練された雰囲気を醸し出している!

「ぼくんちお父さん、パイロットなんだ」と実際それは知らんが、そんな感じの家である!

枝切りバサミも私の家の納屋にひっぽ投げてあるような木の柄の錆びたようなヤツではない!

柄がオシャレなアルミ製の新品だ! よく切れそうだ!

話しを戻そう。 T人は「やめるんだ妹ー!」と叫ぶが、やはり妹は動かない。

K下もまた動かず両者の睨み合いが続く。

息が詰まりそうな沈黙の後、K下が口を開いた。

「・・・・やれよ。」

この局面でやれよって何だよ!? と私は声を上げゲラゲラと笑ってしまった。

貴様は自分で格好つけて自分でスッ転んで首をはねてくれと言っているのか?

T人、F原に白い目で見られようとも、あまりの滑稽さに笑いが収まらなかった。

残念ながらこの日の記憶はここまでしかないが、K下は無事に中学を卒業し、妹も今頃はどこぞで立派な奥さんになっているだろう。

死人は出なかった模様だ。

1993年、夏の出来事だった。


Fin














  1. 2017/09/19(火) 20:53:46|
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